池袋記憶屋書店
  2. 《逆乙女ロード》 作・田中サンタ

ねえ、これちょっとよくない? マオさん好きそうだよ。わたしがリナの部屋でMacのご機嫌を伺いながら、データをいじってる横で彼女が、雑誌を見ながら言う。
本当は、朝イチでリナのデザイン事務所にデータを渡さなければいけなかったのに、結局、昨日も終電過ぎまでリナと飲んで、そのまま目白近くにあるリナの部屋に泊めてもらったのだ。

「なによ?」
わたしは、Macのモニターから目を離さずに言う。彼女の基準がよくわからない。この前も、カッコいいバーあるからと連れて行かれたら、バーテンがみんな僧侶みたいな格好をした坊主バーだった。

「こんどのは絶対、面白いから。だってほら、カッコよくない? みんなコナン君に出てくる、なんとか伯爵みたいなんだよ」
そう言いながら、雑誌のページを、目の前に突き出す。そこには、たしかに執事服(?)に身を包んだ初老の男たちが、おかえりなさいまし、お嬢さまと言いたげに勢ぞろいしている。
「乙女ロードって、こんなのも出来たんだ」
コナン君の登場人物をカッコいいというリナは、やっぱりすこしヘンだと思いながらふーんと思う。

「なんかね、結構、若い子からおばさまたちにも人気なんだって。お嬢気分になれるんだよ」

お嬢。自分が執事男に出迎えを受けているところを想像してみる。微妙だな。

「やっとできた。はい、これ。遅くなってごめん」
じゃ、帰って、ちょっと寝るわというわたしにリナは玄関から元気に手を振ってくれる。一瞬だけれど、どこかでこんな光景を見たことある気がしてくる。

幼稚園の頃だ。友達の家に遊びにいくと、いつも、その子のお母さんが帰りに玄関から元気に手を振ってくれた。友達の家とは、少ししか離れていなかったけれど、友達のお母さんに送り出されたあと、わたしはなぜだか急に淋しいような泣きたいような気持ちになって走って家まで帰ったのだ。
リナが、どうしたのという顔をしたので、わたしはなんでもないように、じゃね、ありがとと言って池袋の駅に向かって歩き出す。

一人っ子でおまけに両親は共働きだったから、一人の家に帰るというのも当たり前で、そのこと自体はふつうなことだった。今だって、一人には慣れてる。自分では、雑誌で『モテキャラ変身メイク』みたいな記事を書いてるくせに、男と会うために化粧するのとか面倒くさがってるうちに、一人が普通になってしまった。こういうのって、なんなのだろう。

徹夜明けの半分自分をどこかに置き忘れてきたような身体をひきずりながら、東口の交差点まできたときに、目の前に大きなバッグを背負った二人連れの女の子と一緒になる。ふと、さっき見た雑誌の乙女ロードのことがよぎる。交差点でぼんやりしていると、うっかり信号が変わってしまって、わたしは女の子たちと離れ離れになる。なんだか、川の対岸にひとりだけ取り残されたみたいに、クルマの流れに遮られているわたしに、ティッシュ配りのお兄さんがやってくる。

『執事カフェ・セバスチャン 燕尾服の執事たちがお嬢さまのご帰宅をお待ちしています』

洋館の絵が描かれたティッシュを手にわたしは思わず、あたりを見渡す。交差点で信号待ちをしている他の誰も、お兄さんからティッシュを渡されていなかった。
いつもなら、さっさとティッシュを鞄に仕舞って歩き出すところなのに、なぜか、足が動かなかった。見慣れたはずの、光景、街のざわめき、なにもかもが自分から離れていくような奇妙な感じがした。
きっと、疲れているのだろう。だけど、何に? モテなんとかとか、きっと一年後には誰も覚えてないような記事を書くことに? それは、本当だけど全部ちがう気もする。

今ごろ、さっきの二人連れの女の子は、執事たちのところへ「帰宅」しているのかもしれない。無邪気に、すごいね外国みたいだねとか言い合いながら。自分だって、そこに行けばきっと同じようにもてなされるだろう。だけど、何かが違うのだ。

このモヤっとした気持ちは何なのだろう。もしかして、うらやましいだけ? わたしが帰れない場所に帰っていく彼女たちが? まさか……そう独りでつぶやきながら、ああ、わたしは乙女にも老婆にもなりたくないんだよと思った。


今回の記憶

サンシャイン前の交差点からアニメイト池袋本店の前を通ってK-BOOKSコミック館あたりまでの道。
最近、いわゆる婦女子、一部では腐女子とも呼ばれるBLボーイズラブに代表される漫画・アニメ好きな女子たちの聖地として注目されている。今のところ、乙女ロードの名前先行で、特に街並みが乙女チックというわけではないのだけれど。



作者プロフィール

田中サンタ
構成+ライター
非日常収集家。街のあちこちに捨てられたり、ひっそりと存在しているオルタナティブなモノコトを書き綴る。 サヨナラ満員電車http://plaza.rakuten.co.jp/alterna

恒森
イラストレイター
恒森作業中http://home.n08.itscom.net/matum0ri/